『酔って候』

新装版 酔って候 (文春文庫)

新装版 酔って候 (文春文庫)

この本も司馬遼太郎先生の魅力がぎゅっと詰まった一冊だった。

裏表紙にも書かれているけれど、この一文はたまらない。
「藩主なるがゆえに歴史の風当たりをもっともはげしく受け、それを受けることによって痛烈な喜劇を演じさせられた」
「痛烈な喜劇」なんだな、結局は。どんなに優れた聡明な藩主であっても。
それは歴史というメガネを通してこそわかることであるが。

「酔って候」は山内容堂のすがすがしく荒れまわる一生が、「きつね馬」は大久保利通に翻弄される島津久光が描かれる。また、提灯張り替えから蒸気船をつくるという数奇な働きをした嘉蔵と、嘉蔵を通して迫った伊達宗城の「伊達の黒船」。
いずれも着眼の仕方、人物の描き方、時代との陰影は非常に面白いが、最も印象に残ったのは、最後の「肥前の妖怪」の鍋島閑叟。佐幕か勤王かというその時代を渦巻いていた波にのまれることなく、達観した世界観、経綸の能力、統率力を持っていた。この時代にあってこれほど卓越した千里眼をもつ殿様がいたとは。司馬さんが心躍らせながら執筆していたのだろうと、読者にも伝わってくるほど生き生きと描かれていた。

「…ここで薩長土三藩は薩長土肥になったともいえる」
この一文に唸らざるを得ない。藩主の類まれな能力とずば抜けた軍事力を持っていたにもかかわらず、幕末にあっては先頭を切ることができなかった。軍艦その他を薩長土に譲ることとなった。
その空しさもあって閑叟の魅力が増している気もする。